コラム
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No.68 ワインのフランス

 あるフランスの友人の家は、代々ぶどう園を継承している地主である。家族の誰かが、ぶどうの栽培やワインの醸造に直接関わっているわけではなく、友人の父親は歯学部の教授だった。元教授は、ぶどう園の一角にある広大な邸宅の脇にある倉庫のなかに、かつてぶどうの収穫などに使っていた道具類をいまも大切に保存していた。彼にとって、それはぶどう園(château)を維持してきた一族の誇りを示すものであろう。

 私自身は、南仏モンペリエで、ぶどう狩りのアルバイトをしたことがある。一日百フランの日給に、おまけでワイン2リットルが付いてきた。炎天下のなか、腰をかがめてぶどうを摘む作業は、なかなかの重労働だった。

 日本では、ワインは、アルコール飲料のひとつと見なされる。しかし、ぶどう園やぶどう狩りの光景を思い起こし、食事の際にワインを飲むひとびとの姿を思い浮かべると、ワインはただの酒ではないように思われてくる。ぶどうを育てる土壌と環境、育て方や醸造技術から、ワインの貯蔵方法、そして飲酒の瞬間に至るまで、ワインに関わるとき、ひとびとはきわめてまじめで実直に、楽しんでいる。

 別のある友人が、ワインを樽ごと大量に購入し、直近に飲むワインを樽から瓶に移す作業を手伝ったことがある。ワインを貯蔵している地下蔵のなかで、朝からの、いうまでもなくワインを飲みながらの作業だったが、われわれは真剣に仕事に取り組んだ。作業が終わった後、私は不思議な充実感を覚えていた。そして、フランス社会の「古層」にワインがあるように思われたのである。

倉庫のなか