コラム

No.12 デュルケムかデュルケームか

 このシリーズのタイトルにも出てくるDurkheim はデュルケムなのか、デュルケームなのか?

 はっきり言って、どちらでもいい。大きな問題ではない。が、私は断固として「デュルケム」派である。とはいえ、「デュルケーム」で統一してくれと言われれば、すぐOKする。要するに、どちらでもよいから。大きな問題ではないから。が、私はほんとうは「デュルケム」派である。 

 なぜ「デュルケム」派なのかといえば、きだみのるが「デュルケム」派だからである。気違い部落シリーズの作家であり、『社会学と哲学』をはじめとするフランス社会学の翻訳者でもある。ファーブルの『昆虫記』も訳している。

 学生時代、『社会学と哲学』の翻訳は絶版であり、京大の米田庄太郎文庫にあった山田吉彦訳にお世話になったものである。その後、大学の国文学専攻の友人の世話で、早稲田大学で社会学を専攻していた彼の友人が早稲田界隈の古書店で私のために見つけてくれた。今でも、引用はそれを用いている。

  山田吉彦=きだみのるは私の好きな人物のひとりである。彼が住んでいた八王子の部落にも行ってみたことがあるし(単に行ってみただけ)、大船渡の尾崎岬に記念文学碑も見に行った!きだみのるで科研報告書も書いた。もう15年以上も前のことである。

 この春、嵐山光三郎がきだみのる論を書いた。編集者と作家の関係であったらしい。久しぶりにきだみのるに触れて、おもしろかった。デュルケムでもデュルケームでも、あるいはデュルカイムでも何の問題もないだろうが、嵐山本に触れて、私が「デュルケム」派であることはきだみのる経由であることを思いだした。