コラム

No.31 「ライシテ(laïcité)」という語の初出をめぐって

 手元の仏仏辞典Le Petit Robertを引くと、「ライシテ(laïcité)」という語の初出は1871年。「1789年以来フランスはライシテの国で……」などと言われるが、新語の登場は第三共和政の到来を待たなければならない。私自身そのように繰り返し説明してきた。  

 昨年夏のこと。語史研究の観点からライシテについての博士論文を準備しているというヴェロニカ・ティエリ=リブロさんにお会いした。「ライシテ」の語を用いた1849年の史料を見つけたというので驚いた。彼女はデジタル化された資料をiPadに入れて持ち歩いていたので、その場で見せてもらった。  

 これはぜひ論文にと、そのときこちらが言ったことを覚えていてくれたのか、論文が発表されると連絡をくださった。書誌情報は次の通り。Véronica Thiéry-Riboulot, « Nouvelles attestations précoces pour les mots laïcité et laïcisme », L’Information grammaticale, n° 152, 2017, pp.26-30.  

 1849年9月2日のヴァール県議会の議事録をひもとくと、トゥレルという名の人物が、公教育委員会の報告者として、初等教育に関する「自由、無償、義務の必要性、そして国家から俸給を受け取る教員のライシテ」について発言している。

 「ライシスム」(laïcisme)の語についても新たな発見があったことを論文は教えてくれる。従来は次のように理解されてきた。(1)宗教改革期の英国で教会内における俗人の影響力の増大を「ライシズム」(laicism)と呼ぶ英単語が18世紀末に生まれ(New English Dictionary, 1796)、それが1830年代末までにフランス語化された。(2)公的制度から宗教を取り除く意味が1870年代に加わった。  

 ところが、ティエリ=リブロによれば、「ライシスム」という仏単語は1795年のテキストに見つかる。ロベスピエールの恐怖政治後、聖職者不在の教区で俗人がミサなどを執行することを「ライシスム」と呼ぶ用法である。すると、英語の「ライシズム」が実は仏語の「ライシスム」からの借用かもしれない事態になってくる。

 英仏語どちらが先かは確定できないようだが、いずれにせよ革命期の1790年代に英仏海峡の両側で新しい言葉が一部で使われていた様子が窺え、興味深い。

 それにしても、語史研究におけるGallicaとGoogle Booksの威力である。Le Petit Robertにおける「ライシテ」初出の年号も、そのうち変わるかもしれない。