コラム

No.10 「衰退」の語り方-地方から見るフランスの現在-

 昨年と今年、産炭地の地域再生の日仏比較研究を行うため、フランスのノール=パ・ド・カレー炭鉱を訪れた。ベルギーとの国境付近にあるこの炭鉱では、60年代頃から石炭から石油へのエネルギー革命等により採炭活動を縮小させ、90年に完全に閉山した。基幹産業を失った地域社会はしだいに衰退し、人口減少や高い失業率、低所得に悩まされるようになった。再生への願いをこめて、2012年に炭鉱遺構の世界遺産登録とルーブル美術館分館の開館を実現させた。これら一連の「衰退と再生」の経緯には日本の産炭地との共通点も多く、比較研究の対象として面白いと見込んでの訪問だった。

 しかし実際に歩いて見たかぎりでは、日本の産炭地と較べてそれほど厳しい状況には見えないのである。ぼろぼろになった建物もシャッター街も見当たらないし、人口減少もおおむね緩やかである。にもかかわらず、衰退は厳然たる事実として語られている・・・ 

 世界遺産登録を推進した団体の関係者は、誇張した言い方だけれどもと断りつつ、「メディアはこの地域を『劣等人種』の住む暗黒の場所と見なしてきたけれど、世界遺産登録はそのまなざしを変えた」と、世界遺産登録の効果について語った。また、この地域について研究する若いイタリア人の人類学者は、「この地域にも確かな生活があり、失業率は全国水準より高いとはいえ大多数の人々は働いている。それなのにメディアは否定的なイメージばかり強調する」と、若干の憤りを交えつつ語った。そのイメージが影響してか、この地域のある自治体では、2014年に国民戦線の市長が誕生している。

 どうやら、この地域について語られる「衰退」と、私自身が現地で感じた印象とのズレを生み出した要因の一つは、メディアの影響と言えそうである。 

 メディアが社会の衰退を繰りかえし語り、それによって人々の不満や不安、恐怖が煽られ、それを背景にポピュリズムの政治が台頭するという、多くの「先進国」で見られる光景は、フランスでも見られる(おそらく来年の大統領選挙でも、それが顕在化するだろう)。ある社会の衰退が語られるとき、どのようなイメージが「既成事実」となり、それにより何が見えにくくなっているのか?それらを抜きに衰退を語ることは、不十分であるだけでなく時として危険ですらある。ノール=パ・ド・カレー炭鉱の訪問が気づかせてくれたのは、そのことだった。

双子のぼた山の見える風景(ルース・アン・ゴエル)