アンリ・ル・シダネルという画家は、植民地(アフリカ、モーリシャス島)生まれのブルターニュ人である。姓にLeが入るのはブルターニュ地方の特徴であるようだ。スエズ運河の開通とともに、家族は故国に戻り、シダネルは画家の道に進んだ。
シダネルは「繊細で、軽やかに洗練され、鋭敏な芸術家」だと評されているが、日本ではそれほど知られている訳ではない。とはいえ、この「夕暮れの小卓」という絵は、どこかが見かけたことのある人が多いのではないかと思う。
彼は、このタイプの小卓の絵を幾つも描いているが、下の絵は大原美術館に所蔵されているものである。もっとも、ここに掲載した画像は色があまりよくない。原画はもっと深みのある色彩である。
私はシダネルの絵が好きで、研究室にも飾っている。自分自身は美的国粋主義者だが、この絵を見ると、“ヨーロッパに住みたいなぁ”と思ったりもする。フランスやドイツの小都市の夕暮れの佇まいとして、何とも言えない独特の情緒を醸し出している。絵の舞台はパリから少し南のNemoursという町である。残念ながら訪れたことはない。
この絵には色々な解釈がある。黄昏の小卓と二つの椅子、そしてテーブルの上の小物が様々な想像を掻き立てるのである。それにしても、この椅子とテーブルの圧倒的な存在感は何であろうか。「モノ」の力を感じる。そして、社会学者はモースやラトゥールを連想したりする。「マナ」?「モノの主体性」?
人がモノを支配する近代が黄昏を迎えて、今、モノが復権しつつある時代であるような気がしている。PCやスマホにコントロールされ、消費社会を遊泳している我々は、既にモノの呪縛の中にいるが、モノの持つ存在感に改めて驚かされるこの頃である。