コラム

No.30 デモで出会ったN君のこと

 少し前までフランスに留学していたので(現在も在籍中)、フランスで起きていることを知ろうと、街頭で行われるデモにはときおり足を運んでいた。ロマの強制退去に抗議する、高校生の多いあるデモでのこと。

 解散地点にたどり着いたころ、高校生のなかから誰からともなく「このままデモを続けよう」という声が上がった。高校生たちは興奮した雰囲気のまま、近くのリヨン駅の構内へとずんずん進んでいく。僕も彼らの熱気に押されて「これは行くしかない!」と後を追った。なるほど、これは線路を封鎖しようとしているのか……と事態を理解し始めたころ、後ろを見ると大量の警官が迫っている!僕たちはあっというまに取り囲まれて地べたに座らされ、身動きできない状態になってしまった。こ、これはかなりまずい状況なのでは…。周りに事態の切迫性について聞こうと思っても、動転しているのでフランス語がうまく出てこない(情けない)。 

 絶望的な気持ちになろうとしているまさにそのとき、耳に入ってきたのはなんと日本語で僕に呼びかけてくる声だった。聞けば、イナルコ(INALCO)で日本語を勉強している学生だという。僕たちはこれからどうなるんだろう、とたずねてみると「大丈夫」とのこと。実際、まもなく警官による拘束状態は解かれ、特に逮捕者もなくデモはそのまま解散という流れになった。 

 この窮地をきっかけに、僕はイナルコのN君とよく話すようになる。Zaitokukaiの存在をはじめとして、日本社会の現状についてすでにかなり知っているN君は、そうした話題についてさらに語り合える相手を求めていたのであり、僕もまた日本語に助けを求めつつフランスの活動家の話を聞けるのは、とても興味深い経験だった。マニアックなN君に岩波文庫の戸坂潤『日本イデオロギー』をプレゼントしたら大喜びしていたのは、楽しい思い出だ。あの日のデモでの行動は実に不用意であったけれど、僕は思わぬ収穫を得ることになったのである。フランスにもどる機会があれば、さまざまに揺れている最近のフランス社会を彼がどう見ているのか、じっくりと話をしてみたいと思う。