コラム

No.48 フランスの「ジプシー」と「ロマ」

 「マヌーシュというフランスのジプシーの研究をしています。」このようにわたしが自分の研究を紹介するとき、日本ではたいていの場合、「ジプシーと呼んでいいのですか?」「…そうですか、ロマの研究ですね」という言葉が返ってくる。

 日本では、「ジプシー」は蔑称であり、「ロマ」と言い換えなければならないという考えが1990年代ごろから広まってきた。この背景には、中・東欧の国々に暮らすロマと自称する人びとによる民族運動の興隆を受け、かれらの主張通りに、他称である「ジプシー」ではなく、かれら自身の自称「ロマ」を用いるべきだという見解が、欧米諸国や国際機関で認知されてきたことがある。

 しかし、残念なことに、「ジプシー」と呼ばれる人びとすべてが「ロマ」と自称するわけでも、そう呼ばれることを望んでいるわけでもない。わたしの研究対象マヌーシュが暮らすフランスでは、「ロマ(フランス語ではロムと発音する)」はあくまでジプシーの一下位集団名という位置づけで、とりわけ近年では、共産主義体制崩壊後に中・東欧諸国からフランスに流入し、外国籍移民として暮らす特定の集団を指すようになっている。こうしたことから、数世代にわたりフランス国民である、マヌーシュやジタンなどの下位集団に属すフランスのジプシーは、「ロマ(ロム)」と呼ばれることに対して強い抵抗感をもつ。

 以上の背景から、フランスでは、ジプシー当人たちのみならず研究者も「ジプシー」(Tsiganes/Gitans)という総称を用いている。しかし常々こうした呼称のやりとりを繰り返すなかでわたしが感じるのは、呼び方を変えても何も変わらないジプシー/ロマをとりまくまなざしである。マヌーシュは「ロマ(ロム)」を総称とすることを拒否するが、それはロマの非正規滞在が社会問題化するフランスにおいて、そもそもいかなる意味でも蔑称ではなかったこの名称に、いまや「歓迎されざるよそ者」というスティグマが付与されているためである。ジプシーであれ、ロマであれ、さらには移動生活者(Gens du Voyage)という近年普及した新たな名であれ、かれらを「よそ者」として位置づけるまなざしが残り続ける限り、呼称の変更は人びとの居心地を少しも良くはしてはくれないのだ。