コラム

No.70 幕末日本を見た、あるフランス人の目

 私が専門としている19世紀日仏交流史の分野にシャルル・ド・シャシロン (Charles de Chassiron、1818-1871) という人物がいる。彼の名前は一般的にほとんど知られていないが、1858年に来日したジャン・バティスト・ルイ・グロ男爵率いる使節団の書記官である。彼らの来日目的は、アメリカやイギリスのように徳川幕府と通商条約を結ぶことであったが、使節の一随行員に過ぎなかったシャシロンの名を後世に残したのは、彼が帰国後出版したNotes sur le Japon, la Chine et l’Inde : 1858-1859-1860 (1864)という書物である。この本には、シャシロンが日本滞在中に付けていた日記が収録されており、一人のフランス人が見た当時の日本人や日本社会の様子をうかがい知ることができる。

 日記によると、1858年9月16日シャシロンは、アメリカ総領事館の通訳であるヘンリー・ヒュースケンと共に馬に乗り下田の山を散策に出掛けた。その道中、ある農家で休憩をすることになるのだが、そこにいた老婆は見ず知らずの二人の外国人に対して、怖がることもせず、子供たちがいる家の中に彼らを快く迎え入れ、茶を振舞った。シャシロンは、老婆に提供されたこの一杯の茶は今まで飲んだ中で最も苦い茶であった、と書き記している。日本に来てからというものそこで提供される茶の苦さには辟易していたシャシロンであるが、この時、老婆に振舞われた茶の味は、それまでの茶の苦味とは全く別物だったに違いない。なぜなら極めて質素な暮らしを営む老婆の好意に、このフランス人は最上のもてなしを感じ、書き残しているからである。

 さてそれから160年ほど経った現在、日本は、そして日本人はその当時と変わっているのか、いないのか。日本を旅するフランス人たちに尋ねてみるのも一興ではないだろうか。