コラム

No.4 「人間らしいコミュニケーション」の技術化

 ユマニチュードとハートーク、こう聞いてピンとくる方はどれくらいおられるだろうか。

 「人間らしいコミュニケーション」に関わるこの二つのニュースに、最近相前後して接し、気になっているところである。前者ユマニチュード(Humanitude)は、フランスから現在日本に導入されつつあるケア技法に関するもの。後者は音響メーカーのヤマハが開発した、機械音声の自然応答技術HEARTalk。

 ユマニチュードは、150を超える実践技術から成り立つ、知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションにもとづいたケアの技法である。ネグリチュード(Negritude)、すなわちマルティニーク島出身の詩人・政治家のエメ・セゼールが1940年代に提唱した、植民地に住む黒人が自らの“黒人らしさ”を取り戻そうと開始した活動に思想の源泉がある。こうしてユマニチュードは、認知症介護における人間疎外的状況の克服の技法・哲学として構想されている。見つめて、話しかけ、優しく触れるを基本とした150以上の技法によって、「人間的な絆」がつくりだされる。「魔法のような」劇的効果を、認知症介護の現場にもたらすという。

 一方、HEARTalkの場合はこうである。ヤマハによれば、人間同士の会話は呼びかけ側の発音の強弱など「韻律」に合わせて、応答者も発音の韻律を変化させることで自然な会話が成立している。HEARTalkはこのしくみを機械音声に反映させることで、人間との自然な会話を実現している。機械が、「間を読めない人間」以上の、人間らしい返答をする可能性が出来しつつある。ここに技法化されたユマニチュードが加わればどうなるのか。「人間らしいコミュニケーション」という領域における、人間の役回りがどこにあるのか、日々、それが垣間見える瞬間を見つけることに心を砕いている。贈与論のモースならどう答えるだろうか。